英語でコミュニケーションを取るとき、「人が話す英語は聞き取りやすいけれど自分の英語が伝わりにくい、何度も言い直したり、結局分かってもらえず諦めた」という経験はありませんか。
英語は世界の共通語ですが、話し手は皆それぞれ異なった英語を話しています。いろいろな英語を聞く機会が日本でもあります。彼らが話す英語は、私たちが授業や教材で学んだ英語とは異なっている可能性が極めて高いです。なぜなら訪日外国人の8割以上が英語を母語としない人たちだからです。来日する外国人観光客が急増していることはご存知の通りです。(2018年は計3,100万人以上が訪日。)皆さんが海外旅行する時に、現地の言葉に自信がない場合にはまず英語でコミュニケーションを取ろうとするように、訪日外国人も日本語が分からない場合には英語で意思疎通を図ります。異なる言語を使う人達の間で意思伝達手段として使われる言語を「リンガ・フランカ」と呼びますが、日本に短期で滞在する観光客と、サービスを提供する私たちとの間では、英語をリンガ・フランカとしてコミュニケーションを行っていることが多いのです。ひょっとしたら、彼らも自分の英語が分かってもらえない、という同じ思いを日本人とのコミュニケーションで経験しているかもしれません。
もし皆さんがホテル・レストラン・観光ツアー・ショップなどで訪日外国人に接客する立場なら、このお客様の悩みにどのように応えることができるでしょうか。
特定の目的のために必要とされる英語は”ESP”(English for Specific Purposes)と呼ばれ、観光の分野でも多くのESP教材が作られています。外国からのお客様を想定した「接客のための英会話」のような学習書は数多くあり、大学・語学学校・企業等でも接客に必要な語彙や表現を学ぶコースが提供されています。しかし、これらの機会で使用される学習教材では、外国人のお客様は英語のネイティブスピーカーであることが殆どです。
「ネイティブスピーカーではないお客様の英語を聴き取る」ためには、彼らがどのような英語を話すのかを知る必要があります。訪日外国人(2018年)を地域別にみると以下の通りになります。
中国:830万
韓国:750万
台湾:470万
香港:220万
アメリカ:150万
タイ:110万
今日は様々な英語の中から、訪日外国人の第6位のタイ人の英語に注目します。
何故タイ人の英語なのか、というと
(*)2017年度に大学1年生と3年生を対象に、同一スピード・同一内容の色々な英語を聞いてもらい、印象を尋ねる調査をしました。結果、アメリカ・イギリス・中国・韓国・タイの順で聞き取り易く、親しみを感じるようです。類似の質問を実際のホテルで勤務している卒業生にしてみたところ、同じようなコメントを得ました。卒業生の中にはほぼ毎日、中・韓国からのゲストと英語でコミュニケーションを取っているので「聞きなれたのだと思う」という人もいました。しかし大学生対象の調査でもタイ人の話す英語が分かりにくい、ということから、ただ「慣れ」だけではなく、「タイ人が話す英語は日本人が話す英語と大きく異なるのではないか」と推測できます。
タイ人が話す英語は私たちが英語教材として聞く米語・英語とは異なって聞こえます。しかし文法の面では、日本人の英語と似ているところが多くあります。つまりコミュニケーションがむしろ取りやすい点が多くあります。まず日本英語と似ているところを以下にあげます。
恐らく日本人が難しい、と感じるのはタイ人の英語の発音です。母語であるタイ語の発音が英語にも影響しています。
タイ語は音節中に固有の高低アクセントの変化が現れる声調言語です。日本語にはこのような声調はありません。タイ語は中国語がソフトになった感じで、まるで歌っているかのようなリズムが感じられます。一方、英語の音節には声調はなく、強弱のアクセントがあります。このような母語の影響もあってなのか、彼らは、強弱アクセントをつける英語の発音はあまり得意でないようです。
また、日本語訛りの日本人のカタカナ英語と同じで、彼らの英語は、いったんタイ文字に「置き換えて」発音していることがあります。当然、タイ語にない音は、タイ語にある近い音に置き換えるか、省略してしまうわけです。さらには、いったんタイ文字に置き換えるわけですから、タイ語の「声調」が当てはめられ、アクセントも尻上りで、タイ語調になってしまいます。 タイ英語のヒアリングに困難をきたす理由としては、この「声調」によることの方が大きいかもしれません。
(厳密に言うと、タイ人が語末の子音を発音していないということではありません。母語の影響で語末の子音を無声音化するという調音を行っている訳で、日本人はその調音を聞き取れないだけです。日本語には、語尾が子音で終る単語はないので、逆に省略されないで、おまけの母音がついてしまいます。)
英語 | apartment | donut | keyboard |
---|---|---|---|
↓ | ↓ | ↓ | |
タイ英語 | apartomen | donu(t) | keybo |
発音* | アパートメン | ドーナッ | キイボー |
日本英語 | apātomento | dōnatsu | kīibōdo |
日本語 | アパートメント | ドーナツ | キーボード |
英語 | half | pick | give |
---|---|---|---|
↓ | ↓ | ↓ | |
タイ英語 | hap | pig | gip |
発音* | ハッ(プ) | ピッ(グ) | ギッ(プ) |
日本英語 | haafu | pikku | gibu |
日本語 | ハーフ | ピック | ギブ |
英語 | light | lunch | food |
---|---|---|---|
↓ | ↓ | ↓ | |
タイ英語 | lie | lun | foo |
発音* | ライッ | ラン | フー |
日本英語 | raito | ranchi | fūdo |
日本語 | ライト | ランチ | フード |
*タイ英語の音をカタカナ表記したものですが、先に述べたようにタイ英語はタイ語の声調の影響が大きいため、カタカナ読みをしてもタイ人の発音を再現することは難しいです。
タイ語に置き換えたとき、” L ” は、”?”という字があてられます。語頭では、” l ”音なのですが、語尾の場合は、タイ語のルールをそのまま適用して「黙音」 または、”n” 音に変わってしまいます。
英語 | apple | football | hotel | central |
---|---|---|---|---|
↓ | ↓ | ↓ | ↓ | |
タイ英語 | appun | footobon | footobon | centan |
発音* | アップン | フットボン | ホテン | センタン |
日本英語 | appuru | footoboru | hoteru | centoraru |
日本語 | アップル | フットボール | ホテル | セントラル |
タイ語には語尾に”s”音がありません。タイ文字による「置き換え」の際に”s”音は ”t” 音の文字で書かれます。よって ?”s”音を全く発音しない、或いは? “t”の音に代わり、ほとんど聞き取れないか、”ッ”音のように聞こえる場合があります。(日本英語の場合には英語にない母音”u”を付けることが多い)
英語 | spice | price | reduce | six |
---|---|---|---|---|
↓ | ↓ | ↓ | ↓ | |
タイ英語 | spy | pry | redo | sick |
発音* | スパィ | プラィ | リドー | シッ(ク) |
日本英語 | supaisu | puraisu | ridusu | shicksu |
日本語 | スパイス | プライス | リデュース | シックス |
英語 | fax | house | next |
---|---|---|---|
↓ | ↓ | ↓ | |
タイ英語 | fek | hau | nek |
発音* | フェック | ハウ | ネクッ |
日本英語 | facksu | hausu | nexuto |
日本語 | ファックス | ハウス | ネクスト |
英語 | gas | rush |
---|---|---|
↓ | ↓ | |
タイ英語 | gat | rut |
発音* | ガーッ | ラット |
日本英語 | gasu | rashu |
日本語 | ガス | ラッシュ |
タイ語にない二重子音には、二重子音のどちらかが省略されたり、子音のあいだに “a”などの母音が付加して二重子音を分割して発音します。( 日本語の場合は、”u”音 になることが多いようです )
英語 | film | icecream | ski |
---|---|---|---|
↓ | ↓ | ↓ | |
タイ英語 | fim | iteam/isakeam | sakii |
発音* | フィーム | アイティム/アイサキーム | サキー |
日本英語 | fuirumu | aisukurīm | s(u)ki |
日本語 | フイルム | アイスクリーム | スキー |
英語 | sprinkler | switch | drive |
---|---|---|---|
↓ | ↓ | ↓ | |
タイ英語 | sapinkar | sawi(t) | dari(p) |
発音* | サピンカー | サウィッ | ダリッ |
日本英語 | suprinkurā | suicchi | doraibu |
日本語 | スプリンクラー | スイッチ | ドライブ |
私たちが学習する英語では単語のアクセントが来る場所はそれぞれ異なります。タイ語は最後の音節にアクセントが置かれるため、タイ人が英語を発音する際にも最後の音節にアクセントを置く傾向があります。日本英語も日本語の影響ですべての音節にアクセントを置いたり、最後の音節(カタカナで書くと最後の文字)を伸ばして話すことがあります。
英語をタイ語に置き換えるルールがさだめられていて、発音が変わってしまうものや、もともとの呼び名が異なるなどの単語もあります。
タイ英語の特徴のごく一部ですがご紹介しました。
英語のテキストブックで学ぶ英語とはかなり異なりますが、英語を母語とする人々もそれぞれの地域やお国柄、自分が受けた教育、環境を反映した英語を話しています。英語を母語としない人たちも同様に、それぞれの母語の影響を受けた英語を話します。共通語としての英語でコミュニケーションを取るということは、異なる互いの母語と密接に結びついた個人のアイデンティティーを尊重し合う行為でもあります。日本語訛りの英語、タイ語訛りの英語といっても個人によって大きく異なります。皆さんが話す英語が全く同一ではないのと同様、タイ人が皆これらの特徴を持って英語を話しているわけではないことはご留意ください。とはいえ、年間100万人超のタイ人訪日旅行者と英語でより良いコミュニケーションを取ろうと意識し備えることは「接客を目的とする英語」習得の新しい方法であると同時に、日本が誇る「おもてなしの精神」の実践になるのではないかと思います。
英語の多様さにより興味を持って、更なる英語学習に役立てる機会となれば幸いです。
以下の文を聞き、タイ英語の特徴について気付いた点を挙げてください。
以下の単語の発音を聞いてみましょう。
(外来語等) | (難解な音素を含む語) |
---|---|
Harajuku | language |
Akihabara | bus |
convenience store | thank |
Seven-eleven | month |
ATM | lunch |
metro station | roll |
eat-in | zoo |
break | |
finish |
(Two-syllable words) | (Three-syllable words) |
---|---|
table | bicycle |
Thailand | banana |
complain | dangerous |
chicken | expensive |
picture | photograph |
seafood | appetite |
quiet | fantastic |
famous |
(Four-syllable words) |
---|
memorable |
preferable |
cafeteria |
operator |
February |
photography |
emergency |